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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(行ツ)37号 判決

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中三四六二番地

上告人

栗山精麦株式会社

右代表者代表取締役

栗山好幸

岡山県倉敷市玉島阿賀崎六六六番地

被上告人

玉島税務署長 檜村良男

右指定代理人

枝松宏

右当事者間の広島高等裁判所岡山支部昭和四七年(行コ)第三号源泉所得税告知処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和四九年三月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論の判例に反することもない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、あるいは原判決を正解しないでこれを非難するにすぎないものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

(昭和四九年(行ツ)第三七号 上告人 栗山精麦株式会社)

上告人の上告理由

第一点 原判決(原判決が引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断には、判決に影響を及ぼすことの明らかな経験則違背がある。

一、原判決は、昭和三七年一一月二二日訴外栗山繁昌が受領した現金二五〇万四、〇〇〇円のうち二〇〇万円は退職金ではなく栗山好幸が個人的に贈与したものである旨の上告人の主張を排斥して、これを上告人の簿外資産から支払われた裏退職金であると認定し、そのように認定しうる証拠として三つの事情を認定している。

しかしながらこの三点は、いずれも上告人の主張を措信しない理由として掲げられているものである。

二、右三つのうち第一点は、上告人の代表取締役である栗山好幸と訴外栗山繁昌との間には、昭和三七年一一月当時感情的に深い溝が生じており、しかも栗山繁昌は退職後上告人の業種と同種事業を営む旨を言明していたのであるから、栗山好幸が個人的に栗山繁昌を援助する筈がない、というのである。

しかも原判決は右両名間に対立が生じた縁由として、栗山好幸が昭和三五年一二月頃から栗山繁昌にも秘して取引先の遠藤栄一商店と通じて原麦の仮空仕入を計上し、その支払代金をもつて架空名義の定期預金をして簿外資産を蓄積したりしていたことを挙げている。

所轄税務署長が右と同様の判断に基づいて上告人に対していた課税処分については、上告人がその適法性を争つて訴を提起していること(岡山地方裁判所昭和四四年(行ウ)第五一号として同裁判所民事第二部に係属していること)は本件第一審裁判所に顕著な事実であるのに、右事件の判決も俣たず、僅々数通の書証と課税庁の職員の証言のみによつて右のような重大な認定をしたのは、採証法則に違背した即断の譏を免れない。

また栗山繁昌が退職後営もうとしていた事業が上告人の営業種目と競合することを重視するのであれば、そのような事業を営もうとする者に対して、上告人が規定による金額の四倍に近い金額を支払う筈がない、と考えるのが企業をめぐる人事関係についての常識的判断である。

証人栗山静夫、上告人代表者本人の供述を総合すれば、栗山繁昌は兄達の忠告等にかかわらず、上告人会社を退職し、接着剤の製造販売業を開業する意思を翻さなかつたので、同人が開業した後においてその仕入先、売上先について上告人と競合し、あるいは上告人の営業を妨害しないことを確言させたうえで、その独立を援助する趣旨で栗山好幸個人が二〇〇万円を提供したものであることが十分に認定し得るにかかわらず、両名間の感情の対立に幻惑されて前記のような認定をしたことは、比較的に資力の大きい兄が新に独立しようとする弟に経済的援助をすることは極めて当然のことであるという経験則に反する独断である。

前記二〇〇万円が栗山好幸から贈与されたものであることが明らかになれば、栗山繁昌は昭和三七年分の贈与税の申告納税の義務を負うに反し、この二〇〇万円が退職金であるとされるならば、これに対する所得税は、上告人においてなすべき源泉徴収だけですむという関係にあるので、課税庁側の職員に対し栗山繁昌が右二〇〇万円は退職金として支給されたものであることを強調したことは、それなりに理由のあることであり、同人の上告人もしくは栗山好幸に対する反感が、その程度の現われかたをしたことも推察されるところである。

三、前記三点のうち第二点は、栗山繁昌の上告人会社在職中の報酬月額五万六、〇〇〇円、賞与年額二五万円および退職金給与規程によつて算出した退職金五〇万四、〇〇〇円が栗山繁昌の地位、勤務年数にてらして少額にすぎるという判断である。

上告人代表者本人尋問の結果によつて窺われるように、上告人としては、栗山繁昌に対しては、それぞれの時期における同年令、同程度の経験者に対する給与の額の略三倍を基準として給与を支払い、同人もそれで満足していたのである。したがつて右給与の額に基き退職金支給規程によつて算出された退職金額も普通の従業員に対するものの三倍に相当するものであつて、少額にすぎることはなかつたのである。原判決の判断は右退職金支給の時と判決時との間の貨幣価値の変動を無視するという経験則違背がある。

四、前記三つの事情のうち第三点は、栗山繁昌に交付した現金二〇〇万円の出所について証人の証言と代表者本人尋問の結果を仔細に検討すれば、昭和三七年一一月二二日には、栗山好幸は手許に二〇〇万円以上の現金を持つていたがその手許金のなかには兄の栗山静夫から借り受けたものもあり、久山緑に対する貸付金を遂次回収しておいたものもあつたのであつて、栗山繁昌に対する支払のために特に栗山静夫から借り入れたり久山緑に対する貸金の取立をしたものではないことを十分に認めることができるのであつて、右の証言等によつて栗山好幸に手許現金がなかつたとするのは即断にすぎる。

第二点 原判決には最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。

一、所得税課税処分の適法性が争われ、課税処分取消請求の訴が係属する場合において、所得の存在及びその金額については処分庁がその立証責任を負うものであることは、最高裁判所昭和三六年(オ)第一二一四号所得税定取消事件について、第三小法廷が昭和三八年三月三日の判決に明示したところである。

右判決の趣旨を本件に適用すれば、被上告人は、上告人の資金をもつて、栗山繁昌の上告人会社における過去の勤務に対する対価が支払われたこと及びその金額について立証の責を負うものである。

二、原判決は、証拠によつて「結局栗山繁昌の上告人会社に対する長年の功労を考慮し、退職金として従業員に対する退職金支給規程による五〇万四、〇〇〇円のほかに二〇〇万円を加算して支払うことになり、昭和三七年一一月二二日上告人会社において栗山静夫らを介して栗山繁昌に現金二五〇万四、〇〇〇円を支払つた」ことを認定した。そして右の追加支払がされたのは、退職金が少額であるとして栗山繁昌は、兄栗山静夫、姉久山緑を介して栗山好幸に援助を求めていたことに由来すると認めているのであるから、原判決中右に引用した部分は、退職金としては退職金支給規程によつて計算した五〇万四、〇〇〇円を支給し、そのほかに栗山繁昌の要望に応えて栗山好幸が現金の二〇〇万円を加算して支払うこととなつた、趣旨に理解される。であるからこそその現金の支払に上告人会社の常務に関係のない栗山静夫が介入していたことが合理的に認認される。(なお原告会社の本店と栗山好幸の住居とが同一の場所であることは記録上明らかであるから、判決中「原告会社において」支払つた、とされていることは「栗山好幸の自宅において」支払つたことと差異はない。)とすれば原判決は、右二〇〇万円が上告人会社の資金によつて支払われたことについては何ら証拠による認定をせず、もつばらこれが栗山好幸の個人的資金によつて支払われたことを認めるに足りる証拠がないことを理由に、右二〇〇万円が栗山繁昌に対する裏退職金であるとする被上告人の主張を容認したものといわなければならない。

したがつて、原判決は、課税処分の適法性に関する立証責任について前記最高裁判所の判例に違反したものである。

以上

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